唐津鶴城同窓会福岡支部ホームページ

2021/6/8 Update
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唐津鶴城同窓会の経緯

創立の地にあった旧校門

以下は、平成23年(2011年)に福岡市佐賀県人会が発行する季刊誌の中にある佐賀県の高校の歴史を紹介する記事で、母校(唐津中学、唐津高校、唐津東高校)が取り上げられたときのもので当福岡支部が寄稿したものです。
唐津藩の藩校だった「志道館」からの100年以上にわたる母校の歴史、および当福岡支部の簡単な経緯を知ることができます。
(原稿は縦書きのため数字なども漢数字で表現されています)

小笠原藩藩校「志道館」を祖とする舞鶴城下の学びの館

当初三校の佐賀県の中学で唯一鍋島藩でなく譜代唐津藩の藩校「志道館」を母体として出発しました。現在の曳山展示場や大志小(元志道小)あたりにあったそうです。明治維新に藩立の「耐恒寮」に変わり現在は早稲田の付属学校になった懐かしい城下に校舎が移りました。
この「耐恒寮」では指導者として米国帰りの高橋是清を英語教師として招聘し一切英語のみの授業を行ったそうで、士族に限らず広く平民からも英才を入学され、日本一の建築家辰野金吾などをはじめとする数多くの人材を輩出しました。
その後、伊万里県や長崎県への編入や復帰、また佐賀中学の分校化など何度かの改変を経て、明治三十二年四月に「唐津中学」が県立第三中学として独立して正式に発足しました。この時を持って現唐津東高校の開校年としています。
下村虎六郎(潮人)氏をはじめとした熱心な教育陣に支えられて発展した学校は、昭和二十三年新学制により「唐津第一高校」、また一年後旧制唐津高等女学校を合併し名実ともに男女共学の「唐津高校」となります。しかし、校舎が東西に一キロ以上分離して不便なことから七年後の昭和三十一年に現在の東西二高校に分離し今に至っています。
平成十八年中高一貫として「唐津東中学校」が誕生し、平成十九年に校舎が長年の城下を離れ、県内でも屈指の広々とした松浦川河畔に移転しました。

各地に同窓会が設立・福岡支部も活発な活動

本校は、平成二十一年卒業生まで含めて総勢二万六千名余りを輩出しており、大正元年に旧制唐津中学の同窓会が発足しました。その後昭和二十二年に「鶴城同窓会」と改称し現在に至っています。全国各地にも支部が結成され、現在、関東、中京、関西、北九州、佐賀、伊万里、熊本、そしてわが福岡支部があります。
福岡の同窓会が支部として認知されているのは昭和四十五年からで、本年、通算第四一回目の総会を六月に行いました(*)が、それ以前の昭和三十年代から唐津中学の同窓生を中心に活動は始まっていたようです。
昭和五十八年に支部の最初の名簿を作った時は八百五十名くらいだったそうですが、現在は千二百名ほどになっています。(**)
支部の総会は毎年六月中旬で約百七十名ほどの会員が集い旧交を温めておりますが、支部の会長を中村福岡県副知事が務めておられたころは二百名を超える盛大な会になっておりました。福岡支部総会のユニークなイベントとして「エース登場」というものがあり、地元在住で活躍されておられる同窓生に三十分ほどの講演を行っていただいております。これが、毎年非常に好評で演劇や、テレビ、弁護士、宇宙などの各界の楽しい話題にみなさん時を忘れて聞きこむと同時にたくさんの元気をもらって帰っていかれるようです。
今後も年に一度の総会を盛り上げていきたいと思います。


(*)平成元年には通算第50回目の記念大会を行いました。
(**)平成3年4月現在では、約2,900名余りの方が登録されています